~* Wakaba Time *~

写真+雑記。

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天野忠詩集を読む 

空の三角 7/24
↑今日の夕空。空の三角形です。不思議な形。

今日は【天野忠詩集 (現代詩文庫)】を読む。

この詩人は「老い」について多く書いています。
そして老いの先には「死」があります。

この詩人の語り口は、ユーモアでスッと心に難なく入り
ほろほろと苦さをこぼし、思わず片方の口の端が上がってしまう。 そんな作品。
難しくないので、ちょっと読んでもらえるとうれしいなぁ


       苦笑

   貧乏人でも
   財産目録を残す権利がある。
   いや 義務があろう
   休日を棒にふって せっせと
   私は目録を書いた。
   あとそんなには生きられないので――

   詩何百 散文何百何十・・・・その他
   文学作品らしきものいろいろとりまぜ
   しめて何百何十何篇

   ――おまえの財産は?
   何もかもお見通しのくせに
   意地悪な天国の神様がそうおっしゃる。
   はにかみながら 私はソッと差し出す。

   ――・・・・ふむ 貧乏人にしては
   神様は苦笑して
   ――まあまあと言うところか・・・・
   それから気がなさそうに横を向いて
   ――次 とおっしゃる。



読むと、苦笑しているのは意地悪な神様だけじゃなくなっています。
この目録を書いた「私」も、この詩を読んだ人も誰もが苦笑していそう。
まるでエリート役人に審査をされている庶民のような、神様と私。

けれどもこの詩人は地獄を書くと、小さくて優しい役人を書くのだ。


       端役たち

   破れた去年の蠅叩きをふりふり
   雪積む中を
   男が歩いて行く
   壊れた湯たんぽを抱きしめながら
   夏の炎天下
   女が歩いて行く ひとりぽっちで

   野を越え
   山越え
   ・・・・・・・・・・

   地獄の門の前で
   彼らは しみじみ
   お辞儀をした

   ――おかわりありませなんだか
   一人が云った
   ――おかげさまで、どうやら
   一人が答えた
   それから門があいた

   ――おいで、とやさしく
   鬼の小役人が招いた。


天国のエリート神様にくらべて、この地獄の小役人の温みはなんだろう。
生きている時、目から鼻にぬけるような生き方をしなかった男女。
世間の隅で細々と生きたであろう不器用な人たちは
地獄に行くことになったが、そんなに酷い罰は受けないだろうな。 

もうひとつ。この詩人のユーモアがダイレクトにわかる作品です。


       新年の声

   これでまあ
   七十年生きてきたわけやけど
   ほんまに
   生きたちゅう正身のとこは
   十年ぐらいなもんやろか
   いやぁ
   とてもそんだけはないやろなあ
   七年ぐらいなもんやろか
   七年もないやろなあ
   五年ぐらいとちがうか
   五年の正身・・・・・・
   ふん
   それも心細いなあ
   ぎりぎりしぼって
   正身のとこ
   三年・・・・・・

   底の底の方で
   正身が呻いた

   ――そんなに削るな。


           



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地球の水辺 

以倉絋平の詩集【地球の水辺】を読む。

何度も繰り返し読みなおしている詩集なのだけど
今日は無性に読みたくなったので。

この中に収められている『雪の降る日』を読みたかった。

小学生のタイムカプセルによせて
作者が五千年後の地球を想う詩だ。

著作権とか、よくわからないので一部だけ抜粋する。



   私は改めて自然の営みの悠久さを思いながら
   五千年後の列島に静かに落ちる雪を思ってみる
   その頃も日暮というものがあるだろう
   しかし
   灯の入った玄関で
   外套(コート)の肩先にかかる雪を払うしぐさや
   外の雪を感じつつの夕餉や
   帰宅を案じる心などというものはあるのだろうか
   二十世紀後半の
   人間の感情生活を理解するには
   厖大な注釈が必要だろう
   雪の降る日の
   人間のいじらしかった生活




こんなにもささやかな
愛らしくも普通な情景を書いたあと
作者は
人類が滅亡した五千年後の惑星の片隅で降る雪を想う。

私はある情景が目に浮かぶ。
人気のない暗闇に、ポツンと立っている街灯が
夜の降りしきる雪をわずかに照らし見せている。

そんな風に見える雪を
私は地球という惑星に降る雪の映像にすりかえる。

人間の記憶をなくし、魂のかけらになった作者が
その五千年後の雪にまじって降っているのだ。
なのに、私もいつの間にか
その雪にまじって降っている自分をラストで感じる。

すごい。
カタルシスとはこういう事なのだと思う。
良い文章というものは
カタルシスを感じさせてくれるか否かで判断できると思う。
そしてこの詩のすごいところは
何度読んでも毎回
最後の一行を読み終えた時
雪と一緒に空から降りてくる自分を感じられることだ。

この本はアマゾンで検索したが探せなかった。
なので、この『雪の降る日』が載っている本を紹介します。
清水哲夫の【現代詩つれづれ草】。
難解な本ではなく「この詩、こんなにおもしろいよー」って著者が言っているような本です。



現代詩つれづれ草現代詩つれづれ草
(1993/10)
清水 哲男

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